トントントン。と鎖骨を指でつついて今日も一定のリズムを生きるよ。
まいにち胸がざわざわする。
体の中心がぶるぶるとふるえている。
一週間前、手を切って、ついでに具合も悪かったので救急に行きました。
検査の結果。
貧血、脱水症状、栄養失調状態でした。
大きな点滴ふたつ落とされました。
カリウムの値が基準値以下なので気を付けて。
と言われましたが、何をどう気を付けたらよろしいですか。
狂ったメトロノームで鳴り響く音楽は、逆に潔いぐらいの不協和音を奏でる。
それでも生きたいから。
頑張れ、頑張れ、と。
歌うんだけども。
聴けば聴くほど酔ってくるね。
流れる日々に魔法的な不思議なんて無く。
それでも胸ときめきたいあたしは、
涙こらえながら、必死で夜空にハリーポッターを探すのさ。
ある種の執念でもって。
だけどまだ、ちゃんと夜には夜の自覚があって、
あたしがいくら目を見張っても、そこに広がる「黒」は、
嬉しいやら哀しいやら、ただただ、ひたすら「黒」であって、
決して、それ以上でもそれ以下でもないのです。
ここ数ヶ月で気づいたら10キロ以上やせていた。
毎日、食べては吐き、食べては吐き、を繰り返している。
「食べることは生きること」と友達に言われた、理解出来ないその言葉を。
何度、自分に問いて、何度、言葉を噛み砕いて、何度飲み込んだんだろう。
ラクダのように何度も何度も反芻してみたが、うまく消化出来なかった。
日々、消化出来ない想いは積もり積もって、むくむくっと膨らんで、あたしの体に張り付く。
中の自分はとってもちっちゃいのにどんどん身動きとれなくなる。
皮だけ異様に、そして無駄に分厚い。
体が自分のモノだという感じは、あまりしない。
願えば動いて、心とは繋がってるはずなのに、どこか別感覚で遠い。
そして冷たい。
出血が止まらないぐらい深く、手を切るのに慣れてしまった。
二の腕を縛って、血を止めて、血生臭い部屋を元に戻すのに慣れてしまった。
何事もなかったかのように、心を隠すのも傷を隠すのにも慣れてしまった。
たとえ記憶が曖昧でも、体が覚えているのか、淡々とやってのけるほど、慣れてしまった。
そして面白いぐらい、その後の「傷」に、興味と執着が無い。
変な匂いがしようと、変な液体が出てようと、緑の膿で覆われてようと、実はあまり何も感じない。
この前、診察の前の待合室で、入院中一緒だった女の子に会った。
声をかけられて少しお喋りをした。
「切るとホッとするよね~」
「雨子みたいに勇気が無いから深く切れないや~」
「見て、あたしもつらくて切っちゃった」
「傷跡、見せて~」
もう全然別の、違う生き物に見えてきた。
体なんて只の入れ物だ。
いちお、「大事な」只の入れ物だ。
あたしは「切ること」に執着はしていても、
なぜにそこまで「傷」自体に興味を持つのか理解出来ない。
ましてや他人の「傷」に?
病院では、手首の傷を誇示し、
全身使って「気づいてほしいオーラ」を出す子にたまに出会いますが。
聞いてないのに傷付けた経緯を説明してくる。
そしてあたしの目の前に自分の傷跡を差し出してくる。
可愛くペロって舌を出して笑う。
話し終えると、次はあたしの傷を触り、適度に心配しながら、
(あたしの宝物見せたんだから次はそっちの番。)
と当然のように、「最近、どお?」と聞いてくる。
なんなんだ、この生き物は。
入院中はこういう「宝物見せっこ」にうんざりだった。
あたしは、だいぶ前に観た映画で、
「リストカット癖のある女がボコボコに硬くなった自分の手首でわさびをすりおろす」
という行為に、えらく感動した。
この監督の発想はとても正しいと思った。
そんなもんだ。
と思うし、
それでいい。
と思う。
家に消毒液なんてモノは無いし、ひどい時はガーゼも無い。
ぱっくり大きく口を開けた傷跡は、
縫いにいくなんて優しさも与えられず、
時にはセロテープやらホッチキスで閉じられる。
お風呂は嫌いだから極力入らない。
入りたくない。というか野放しにホントのことを言うと、入れない。
その理由は誰にも言っていない。
掘り起こすとどうしようもない気持ちになる。
殺すとか死ぬとかいう言葉なんて甘っちょろいぐらい残酷になる。
それでもあたしは10年以上生きてきた。
自分のしぶとさに乾杯。
ああ、どこか腐ってんな。ってよく思う。
だからたまには病院で診察してる時、先生に傷のこと話して、消毒してもらう。
そんなあたしに、消毒液は、罰のように痛く染み入る。
いちにちの疲れや思考をリセット出来るほど、ちゃんとした睡眠がとれません。
日々、トロンとした生ぬるい夜の帳がおりる頃。
星も月もぬるく輝き、酸素の少ない空気が胸をかすめます。
そんな夜に、あたしの愛する人たちは何を夢見てるんだろうか。
そしてあたしも、これからの現実に何か夢を見るんだろうか。
「夢ばっか見てんじゃないよ」
「もっと現実を見なさいよ」
とよく言われますが、はてさて、なんのことですか?
正真正銘の夢見る夢子なら、あたしはなにゆえ、こんなにも苦しいのですか。
「夢ばっか見てる」なら、あたしはなぜゆえ、こんなにも悲しみにくれるのですか。
たとえあたしが気づいてないだけで、
本当は夢ばっか見てるとしても、それ込みであたしの「現実」だ。
お前の「現実」にあたしを巻き込むな。
あたしの「現実」にお前は入ってくるな。
「正論」という名の武器ばっか振り回すなよ。
「普通」という名の武器ばっか振り回すなよ。
「常識」という名の武器ばっか振り回すなよ。
まともに当たった傷は、結構痛いんだよ。
「あたし」はまだ未完成だ。
生ぬるい暗い海を泳ぐ深海魚アメコ。
うまく泳ぐために必要なヒレが傷だらけ。
うまく呼吸するために必要不可欠なエラが未完成。
うまく道を読み解くために必要なレーダーが誤作動起こしてる。
未完成だけど、未完成なりに、それなりに、精一杯、模索しながら、泳いでいる。
たとえばあたしが猫だったら、あたしはもっと楽になるだろうか。
しなやかな心と体なら、思うまま、自分を愛せるだろうか。
美しくない自分を赦せるだろうか。
美しくない他人を許せるだろうか。
いくら体を黒く塗ったって、黒猫にはなれなかった。
あたしは猫の様にしなやかには生きれない。
猫の様にしあわせにはなれない。
ねこじゃらしは掴めない。
心の乱れと部屋の乱れは比例する。
これでもかってぐらい部屋が汚い。
足の踏み場が無いとはこのことだ。
水を飲みかけのコップも。
散らばったアルバムも。
くしゃくしゃのお洋服も。
乱れたベッドカバーも。
血がついた汚い枕も。
全部があたしを打ちのめす。
いちにちが終わった夜。
夢が怖くないように、と願い。
出来ればこのまま目が覚めないように、と祈る。
「恐怖」が入ってくる隙間がないようにぎゅっとちぢこまって寝よう。
「死」と目が合わないように十分すぎる程かたく目をつむろう。
家が怖い。明日が怖い。自分が怖い。
死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね
あたしを誘うお風呂場が怖い。
殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ
心を掻き乱すあの部屋が怖い。
あたしは命を狙われてるんだ。
「この気持ちは誰にもわからない」
そう掲げた腕はいつ見ても腐ってて、
徐々に掲げることすら億劫になっていく。
残るものは、
わずかな自己陶酔と。
それでも気付いてほしいという、贅沢。
「死にたい」なんて、そうそう口に出すモンじゃありませんよ。
「消えたい」なんて、言うたびに口から出ているそれ、そうそう二酸化炭素。
オゾン層が破壊されますよーっと。
あたしは、むしろ我慢が足りないんじゃないかと思ってるぐらいですが。
先生いわく、あたしはいろいろなことを我慢しているらしい。
だから、診察の時、いっつも泣いてしまうんだろうか。
同情を誘うような汚い涙を流してしまうのだろうか。
先生が手渡してくれる病院のティッシュは硬い。
ガサガサしてて硬い、まるであたしのようだ。
ぶら下がった輪っかの向こう側にはただただ宇宙が浮いていた。
赤くなって膨らんでいく様はとても無様で滑稽で、決して素敵ではなかった。
まいにち、いきてるのに、しんでるみたい。
また、きょうも、しにながら、いきながらえる、あさがくる。
愛ちゃんは3才。
子供だから。
よく笑う。
あたしは25才。
大人だから。
その笑い声が怖くても。
我慢する。
自分の部屋に逃げ込んで。
壁いちまい向こう側で、パソコンをいぢくり心を閉じる。
あたしの中の全神経を、できるだけ、目の前の魔法の箱に集中させる。
弱すぎる自分にぐにゃって力抜ける。
「だいじょうぶ」
いくら言ったって。
全然だいじょうぶなんてこと無い。
愛ちゃんが笑う。
大きな声で笑う。
あたしはイスの上で体育座りして密かにそれを怖がる。
愛ちゃんの笑い声が昔のあたしに重なる。
薄っぺらくて、無駄に甲高い笑い声。
怖いんだよ。
ぐるぐるする。
くだらないあたしが。
目の前で何度も何度も。
とにかく笑って笑って笑ってる。
あたしあの頃と全然変わってないよ。
愛ちゃんの笑い声におびえて、
どんどん小さなことも怖くなって、
どんどん弱くなってく自分にもおびえる。
こんな小さなことも実は怖いんだ。
こんなん言えないよ。
甘えてる。
ダメ。
どうしたらいいんだろう。
「出来ないこと」が増えていく。
またテレビも見れなくなった。
人が出てると画面を直視出来ない。
また雑誌も見れなくなった。
メイクの仕方とかモデルさんの顔が大きく1ページ。
とにかくモデルさんの顔をぜんぶ。
手で隠して文字だけ必死で見る。
でもドキドキして「文字」は頭に入らない。
手の下に人の顔があると思うから。
手も冷たくなって指先から自分の物じゃなくなってく。
頭が胸が息が苦しくなるからやめる。
「自分ひとりの時間」を生きようと思って、
テレビや雑誌というアイテムをフルに使いたいんだけど。
正直、無理。
テレビとか怖すぎてぶっ壊したい。
雑誌とか、もう嫌すぎて燃やしたくなる。
ギリでやってない。
と言うか。
やろうする度に。
お母さんに止められてる。
あたしは「自分の時間」を生きられない。
食べて吐いて食べて吐いて食べて吐いて食べて吐いて。
吐いて吐いて吐いて吐いて吐いて吐いて吐いて吐いて。
いつまで続くんだろ。
いっそのこと食べて食べて食べて食べて食べて食べて食べて食べ続けて。
ある一定の線を越えると体が爆発して吹っ飛んで死んじゃう仕組みならいいのに。
ごはんは初めから最後まで嫌~な顔して食べてるんだ。
おでこにしわ寄せて、目は虚ろで、口は馬鹿のひとつ覚えみたく上下に動くだけ。
時間もどんだけ経ってるかわかんない。
噛んでんのか飲んでんだかわかんない。
食べ物が無くなったら冷蔵庫を漁るあたしらしき怪物。
机の反対側からあたしはあたしをジトッと見てる。
気持ち悪いモノを軽蔑する目で見てる。
そんなあたしをまた、斜め左から見てるあたしもいる。
くるくる回る。
負のループ。
腐の三角関係。
誰も止められないんだ。
どうして?何かされるの?
と聞かれると答えはノー。
たぶん何もされない。
じゃあなぜ怖がるの?
と聞かれると、とても困るの。
怖い。のに理由が必要?
感じたこと。に理屈をくっつける?
それやらなきゃ「想い」は伝わらない?
「言葉にしなきゃ伝わらないよ、言って。」
言葉はとても便利だけど。
同時にとても狭い箱の中に無理矢理ねじ込まれた気分になる。
みんなが言うのはたぶん正論だよ。
正論過ぎてぐぅの音も出ないよ。
でもあたしが求めてるのはその先なの。
「正論」から突き抜けたその先に静かに在る「想い」なの。
「想い」ばっかおっきく膨らんじゃってパンクする。
「言葉」の箱に収めきれないの。
だってあたしの「言葉」の箱は未完成なの。
ごめんなさい。
「怖い気持ち分かって。」
なんてワガママ、もう言わないよ。
ごめんなさい。
あたしは苦しめばいいよね。
苦しまなきゃいけない。
あたしはダメだから。
求めちゃいけない。
ワガママいけない。
「分かって」なんて贅沢ね。
「ごはん」が大切にちゃんとだいじょうぶに体を通過してく人を見るとうらやましい。
あたしには出来ない。
「誰か」があたしの中でごはんを食べる?
むしろあたしがごはんを食べてる「誰か」の中に入ってる?
「あたし」はただ、「あたし」でいたいのに。
あたしの中の「誰か」がそれを許さない。
「吐くまで食べなければいいのに。」
って言葉は結構哀しいよ?
誰が好き好んで便器に顔を突っ込むの?
ヒリヒリ痛い喉の奥。
毎日吐き気の朝。
涙が出る。
突っ込む手があるからいけないんだ?
この手が無ければ?
ごめんなさい、あたしの手。
いくら理解を求めたと言っても。
どんどん傷付いてることに代わりは無い。
全部抱えて請け負って。
全てに耐えてるあたしの体。
ごめんなさい。
ごめんなさい。
ごめんなさい。
最低じゃあないか。
「あたし頑張ってる。」
なんて言えない。
そんな自己満足は好きじゃない。
どうして?
自分を愛せない日々と自分を許せない月日。
おっきな足音だけ立てて走り過ぎてくよ。
うまく振り返れないよ先生。
そんな景色を見つめるだけで精一杯。
何が正解なの?
どう答えたらうまくいく?
だいじょうぶな人になりたいよ先生。
あたしはあたしが心底めんどくさい。
美しくない感情が体いっぱい詰まってる。
きっとあたしの分厚い皮膚の下には、もうひとまわり小さいあたしがいるはずなんだ。
腕を切って手を突っ込んで中にいる小さいあたしを探したけれど、見つからなかった。
あたしはあたしを脱ぎたかった。
手がチーズのように伸びていく。
気を抜くと体中の関節がポロっと外れてバラバラになる。
バラバラにならないようにぎゅうって強く強く体を抱きしめるけど怖くてたまらない。
バラバラになった体はそのうち、さらに小さく粉々に、細胞ひとつひとつ散り散りになる。
散り散りになった細胞は、宇宙の力で強引に引っ張られていく。
だからあたしは、そのうち宇宙にポツンと浮かぶゴミになる。
まぁ、宇宙のゴミになっても。
そこから、好きな人たちが住む地球が、
まんまるくキレイに見えれば、それもいいかも。と思う。