高校の時に同じクラスだった男子が海の事故で亡くなってしまいました。
行方不明のニュースを、おとといの朝聞いて、
名前も年齢も同じで、まさかと思ったけど、どうやら彼だったらしく。
ずっと無事を祈っていたのだけれど。
昨日、海岸に打ち上げられているのが発見されたそうです。
あたしは彼とそんなに親しくはなかったけど、やっぱ悲しいです。
高2の頃、あたしは彼を避けていました。
彼は、なんだかとてもさわやかで、眩しかったから。
何が楽しいのか、いつも大きな口をあけて笑っていました。
クラスにひとりはいるような、役員なんかを率先してやるタイプでした。
いかにもなイイ奴で、真っ直ぐで、裏表ない、素直な人だったように思います。
ちょっと犬みたいで、人懐っこくて、
誰にでも話しかけるような人だったから、
先生からもクラスメイトからも好かれていました。
だからあたしは彼がすごく苦手でした。
真っ直ぐ過ぎて、一緒にいると、胸が痛くなる人でした。
あたしは歪んでて汚かったから、彼の澄んだ目を見るのが怖かったです。
キレイな目の奥に、歪んだ自分を見るのは、あの頃のあたしには耐えられませんでした。
よく話かけられたけど、どれひとつ、愛想よく返事をしませんでした。
一線引くどころじゃなく、防壁を建てて警戒して、
その隙間からあたしは、たぶん、敵を見るような目で彼を見てたと思います。
そんなあたしを、彼も感じてたと思います。
それでも、よく話しかけてくれる人でした。
ある調理実習の日でした。
クリスマスだかなんだかでケーキを作る授業で、
先生が「ケーキの中に何をはさんでもいい」と言ったので、
あたしと友達は、共通して好きだったプリンを思い切ってはさみました。
フルーツとかは、あえてやめて、クリームの上にもポッキーやらコアラのマーチやら。
たっぷり生クリームとプリンとお菓子で飾られた、
奇妙なへんてこな、でも夢のあるケーキが完成しました。
授業の後半、試食会ということで、他の班にケーキを持っていきました。
が、「中にプリンをはさんだ。」と言うと、みんな引いてしまい手を付けてくれませんでした。
そのうち、上段の重さに耐えられなくなったプリンがズレて、
下段から奇妙にはみ出し、ケーキは形を崩しました。
「まずそう」
「食べるの・・やめとく」
「プリンはさんだの? ・・気持ち悪い」
クラスメイトがそう言う隣にひょっこり現れて、
彼はぐちゃっとした無様なケーキを食べてくれました。
そしてひとこと。
「おいしいよ?」
あのいつものキラキラな笑顔で言い放ちました。
そんな人でした。
あたしは彼のお葬式に行けないと思う。
「最後だから、知ってる人みんなで行こう?」って友達に誘われたけど。
行けない。
でも、あたしは彼に謝らなきゃ。
そう思って、近くの花屋に行きました。
そして真っ白で真っ直ぐな、彼似の白ユリを買って、その足で彼が死んだ海に行きました。
彼が死んだ海は、あたしの家からいちばん近い海でした。
白ユリの花を持って、防波堤から砂浜に降りました。
台風の影響で風がものすごく強くて海が荒れてて怖かったです。
空は曇ってて、雨もポツポツ降ってて、辺りは暗かったけど、
遠くに見える、彼が最期に遊んだ小島に、一筋、雲のすき間から光が射してました。
白ユリを海に流そうと思って、思いっきり投げました。
が、強風で吹き戻され、あたしの足元に落ちました。
足元の花をしばらく見つめていました。
すると、さっきまで遠くにあった波が、ひとつだけ、
急にあたしの足元めがけて泳いできて、一気に白ユリを沖へ持っていきました。
彼が受け取りに来てくれたような気がしました。
波が消せないようにと、少し離れた砂浜に、
「和貴、ごめんね、ありがとう」と書いて、その周りを貝殻で飾り付けしました。
すると、また急に、ひとつの波がきて、その言葉を丸々さらっていきました。
この時に、あたしはやっと泣けました。
そして、白ユリが見えなくなるまで海にいました。